“…本総説で取り上げるコルポーダ・ククルス(Colpoda cucullus)は,繊毛虫門に属する原生生物である。繊毛虫門 は,単系統の分類群であるにもかかわらず,多種多様に進 化した約8,000種を超える種が世界中に生息していると考え られている 33) 。繊毛虫は,体表に繊毛が規則的に並んだ繊 毛列が形成される,細胞の生命維持機能を司る大核と生殖 や遺伝を司る小核の2種類の核を有する,有性生殖である 接合を行う等の特徴をもつ。もしこの総説をきっかけに繊 毛虫に興味を持って頂けたなら, 『原生生物学事典』の繊毛 虫 71) や『The Ciliated protozoa』 33) に是非ともあたってい ただきたい。 繊毛虫は,優れた環境適応能力をもち,多様な環境に生 息している。たとえば,降雨により生じた水たまりから, いきものの生息に適しているとは思えないナミブ砂漠のよ うな環境にまで,広く生息している 12) 。単細胞生物であり ながら,土壌の水分がない乾燥した環境中にでさえ,多く の繊毛虫が生存する。VargasとHattori 80) の記載によれ ば,1gの乾燥土壌中に約3万の繊毛虫が観察され,その うち約5千がコルポーダ(Colpoda)と推測される 57) 。コル ポーダをはじめとする繊毛虫が多様な環境に適応できるの は,様々な環境ストレス耐性を有する休眠シストを形成す ることができるからである 19,20,83) 60,62,63) 。この細胞内 Ca 2+ 依存的に活性化する, 「休眠シ スト誘導シグナル伝達松岡系」は,2009年に薬理学的に示 唆され,徐々に分子レベルで裏付けされてきた 38,39) 。PKA によりリン酸化されるタンパク質群の明確な機能は未だ実 証できていないが,様々な先行研究の情報をもとに,それ らが細胞周期の停止やアポトーシス抑制など休眠シスト形 成における様々な細胞イベントに関与することが示唆され ている。近年の次世代シーケンサーを使用したトランスク リプトーム解析では,さらに下流のシグナル伝達系やシス ト形成過程における遺伝子発現変化も解明された 24,47) 。こ 1,2 , Shuntaro HAKOZAKI 1 , Hiroki YAMANOBE 1 , Takeru SAITO 1 , Kazuma YABUKI 1 , Yuta SAITO 1 1 福島工業高等専門学校 化学・バイオ工学科(〒970 -8034 福島県いわき市平上荒川字長尾30) 2 現所属:高知大学理工学部(〒780 -8520 高知県高知市曙町2 -5 -1) れらのシグナル伝達系の詳細は,別の総説を参照された い 72) 。 コルポーダの休眠シストが誘導されると,約数時間で細 胞が球形に変化し 1) ,繊毛虫の特徴である繊毛は吸収され る 14,37) 。そして,細胞はシスト壁とよばれる数層の特殊な 膜とカラ(シスト壁;図2)に囲まれる 17) 。細胞の球形化と 繊毛の吸収にはアクチンとチューブリンの脱重合を伴う細 胞骨格ダイナミクスが関与し 65) ,細胞内部でも大がかりな 細胞イベントが進行する 14,37) 。特に,オートファゴソーム よる自食作用は顕著であり 14) ,シスト誘導24時間以内で, 細胞の mRNA 量とタンパク質の総量が通常状態の2割程度 にまで減少する 66) 。細胞の代謝を支えるミトコンドリアも 例外でなく,シスト誘導後約5時間でミトコンドリア膜電 位が消失しはじめ 14,66) ,これと同調して ATP シンターゼβ 鎖タンパク質(Syn-β)の発現レベルも減少する 64,66) 。最終 的には,一部のミトコンドリアが分解される様子が電子顕 微鏡観察で確認できる 14) 。これらの事実は,ミトコンドリ アによる代謝が停止することを強く示している。 5,28) である 乾燥休眠(アンヒドロビオシス,Anhydrobiosis)…”